第1章 ノルウェーブラックメタルシーンの興亡

国際共産主義の総本山がロシアであるように、イスラム原理主義の総本山がエジプトであるように、ブラックメタル・サタニズムの総本山はノルウェーである。

ノルウェーに新星のごとく現れた伝説のバンド「
メイヘム」。ブラックメタルの血塗られた物語はここからはじまる。

メイヘムはとあるヘヴィメタルバンドに影響を受けた数あるバンドの一つにすぎなかったが、88年ごろヴォーカリストとして参加したスウェーデン人、デッドの存在により異彩を放つことになる。ブラックメタルの独特の化粧方法、白塗りことコープスペイントは彼がはじめて行った。過激なパフォーマンス※1とまさしく死人のごときヴィジュアルにより数々のバンドが影響を受けた。

デッド(=Per Yngve Ohlin)

コープスペイント(写真は生前のデッド)

※1 ステージで自傷行為を頻繁に行った。またブタなどの動物の頭部をステージに飾り付けたり、肉片を観客にばらまいたりした。死人らしさを増すために衣装を土に埋めて本番直前に掘り返して着用した。ある時など自分自身を土に埋めるように他のメンバーに頼んだと言う。

デッドを知る者は決まって彼の人柄をこう述べた。
いい人だがユーモアがなくて暗くて陰鬱でほとんど口をきかず近寄りがたい。

事実彼は何らかの精神病に罹っていた可能性が高い。1991年、自分の手首をナイフで切り裂いた後、
ショットガンで頭をぶっ飛ばした。享年22歳。遺書にはこう書かれていた。

"Excuse all the blood"(血だらけにしてごめん)

その悲しい最期の言葉は、生前ユーモアがないと囁かれていたデッドのイメージを覆すものだった。・・



さて、デッドの死体を発見した、メイヘムのフロントマンでありギタリスト、
ユーロニモス(=オイスタイン・アーセス)は、ビックリ仰天しながらも警察を呼ぶ前に1枚写真を撮った。そして散らばった頭蓋骨を集めてネックレスにしたという。これは実話である。

ユーロニモス

自殺直後のデッドの写真
(グロ注意!)

デッドの自殺の原因は明らかに彼の疾病の増悪によらしむるところであったが、
アーセスはデッドの自殺をバンドのキャンペーンに利用した。バンドの神秘性を増大させるためデッドの死を利用したのである。

当時、ブラックメタルのシーンでは、
より露悪的であることが求められていた。より悪により過激により暴虐に。こう振舞うことが求められていたのである。

こうしてメイヘムは有能なヴォーカリストを失うことで失速するどころかまた新たな伝説を刻むことになったのだ。ユーロニモスは当時流行だったデスメタルやハードコアシーンを毛嫌いしており、彼の言葉で言えば「ぶっ潰して」やりたかったらしい。その資金集めのためにオープンされたレコード店、名を「
ヘルヴェテ」。ノルウェー語で「地獄」を意味する。

伝説のバンドのフロントマンが経営するレコードショップ・・その外観はいかにも悪趣味で不気味だったらしい。当時数々のブラックメタル関係者がこのヘルヴェテに集い、交友を深めていった。その姿はまさしく悪魔の集会の如しであった。後に
インナーサークルと呼ばれる悪魔崇拝の秘密結社とされているが、組織と呼べるほどまとまった集団ではなかったらしい。「会員カードもなければ、規律もミーティングもなかった」という。要は若者たちのたまり場であり、アーセスはその兄貴分的存在だった。それだけのようだ。

このころオルスタイン・アーセスとヴァーグ・ヴァイカーネスは出会ったようだ。アーセスはヴァイカーネスの1stアルバムを聴いて彼を心底気に入っていたらしい。そして若きヴァイカーネスも年上のアーセスを慕っていたという。しかし92年中ごろ、ノルウェーで最初の教会放火事件が起こる。犯人はヴァイカーネスと目されているが、証拠不十分で釈放されている。しかし周囲はヴァイカーネスの犯行だと皆知っていたという。
彼は焼け落ちた教会の写真をミニアルバム「Aske」でジャケットに使用している。

ヴァーグ・ヴァイカーネス(=Varg Vikernes )


「ASKE」 焼け落ちた教会の写真をジャケットに使用した。

彼の教会放火は数々の模倣犯を生んだ。
92年から4年間で少なく見積もって44件の教会に対する放火事件が発生しており、逮捕された犯人は全てブラックメタル・サタニストであった。この中でヴァイカーネスが直接手を下し有罪となったのは3件に過ぎない。アメリカでもこの時期教会放火が激増しており、ヴァイカーネスの影響がうかがえる。

直接悪に手を染めたヴァイカーネスはインナーサークルの中で影響力を強めていった。それに対しアーセスはヴァイカーネスに言わせれば「クチだけの悪党」だった。彼はある意味その辺ブレーキをかけて直接目だった犯罪行為には加担していなかったようだ。だがブラックメタル・シーンにおける歪んだ価値観の中では、それはむしろ汚点になった。

同時期、ブラックメタルバンド「
エンペラー」の元ドラマー、ファウストことボード・エイトゥーンが同性愛者刺殺事件を起こし、ますますブラックメタルに対する世間の視線は厳しいものとなっていた。

こうやって
マジにやっちまった連中が現れる中、ヴァイカーネスはアーセスが何もしていないことが不満だった。最初感じていた尊敬の気持ちもだんだん薄れていく。「なんだ、こいつクチだけじゃねえか」次第にそう思うようになっていったという。

加えてヴァイカーネスのCDはアーセスの立ち上げたオリジナルレーベルから発売されてけっこう売れていたが、アーセスは商売の才能がなかったらしく貧乏で、ヴァイカーネスに支払うべき報酬が滞っていた。これら金銭トラブルも重なり、思想的にも過激さを増していたヴァイカーネスはアーセス殺害を決意。アーセスの家まで踏み込みナイフで刺殺。1週間後に逮捕された。逮捕された際、
爆薬150キロを所持していたという

あっという間にブラックメタル界最重要人物たちがあの世か監獄に去っていき、ブラックメタル・シーンは荒廃するかと思われた。しかし
獄中でヴァイカーネスはブラックメタル思想の哲学をこれ以上ないぐらい吟味し続け、獄中にありながら並々ならぬカリスマ性を発揮し、世界中に信望者を作った。むしろ世界中でブラックメタルバンドは増殖を続け、シーンは今に至るも活発そのもの。衰えを知らない。

次の章ではヴァイカーネスがムショでひたすら哲学したブラックメタルの思想的変遷について考察していく。


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