>>戦争映画中央評議会

 

Чекист(Chekist)

革命は哲学にあらず



暗鬱度

100

大量銃殺度

100

超残酷度

100

総合得点

85


1992年のロシア映画であるということしか情報がないのだが、たまたまこの映画の存在を知ったので観てみた。といっても英語字幕付きのDVDがどこで入手できるのかわからず、どうやって観たものかと思ったら、youtubeに英語字幕付きの動画がアップされていたので全部観ることができた。便利な世の中だ。



超大国ソビエト連邦が崩壊した直後に、ようやくソビエト権力から解放されたロシアの民衆が、真っ先に始めたのがプロレタリアート独裁の血に塗れた粛清の実態を告発することだった・・・のか?好意的に解釈すればこの映画にはそういった意味が読み取れなくもない。それぐらいこの映画は超絶残酷で、ソ連体制の残虐さ、無茶苦茶さを余すところなく伝えている。

タイトルは「チェキスト」を意味する言葉である。チェーカー(反革命・投機及びサボタージュと闘う全ロシア非常委員会)隊員のことだが、これはソ連の秘密警察隊員全般を指すばかりでなく、過激なコミュニスト全般を指す言葉でもある。
チェーカーがそれらの中でも最も極悪だといわれるゆえんは、誰が罪人かを即決する権利と、拘禁し、追放し、銃殺する権利を全て単独で保有していたからなのだ。したがって彼らを止めることができる者はおらず、権力が暴走し、ロシア全土が処刑場へと変わった。

レーニンは「良きコミュニストは良きチェーカーでもある」という言葉を残したらしいのだが、チェーカーのテロリズムは全てレーニンの意志に基づいていたと解釈して良いと思うし、レーニンはチェーカーを止めようなどとは一度も考えたことがなかった。レーニンはどうやら革命には銃殺が必要不可欠だと考えていたらしく、テロが与える有効性を熟知していたようだ。19世紀の革命家ネチャーエフの「革命家のカテキズム」やバクーニンなどの影響もあるのだろうが、とにかくロシア革命初期のころには、ソ連に従う勢力はとても少なく、元帝政派、穏健派(メンシェビキ)、社会革命党、民族主義者、東方正教会、貴族、金持ち、実業家などとにかくレーニンには敵が多かった。共産主義的にNGな人があまりに多かったのである。ボリシェビキ(レーニン率いるロシア共産党)はこれらの勢力を片っ端から銃殺し、強制追放し、民衆に恐怖を植え付け、反対論者を黙らせようとしていたのである。

初代チェーカー長官ジェルジンスキーも「無実の人間を何人巻き込もうとも、反革命は徹底的にたたく」みたいなことを言っていたそうだ。これは大粛清の頃のNKVD(秘密警察)長官エジョフも似たようなことを言っていた。彼らははじめから無実の人を巻き込むことを全く恐れることも、危惧することもなかったのである。ジェルジンスキーはポーランド人で、エジョフは一説ではポーランド人家庭の養子で、子供のころにはポーランド語とリトアニア語を話していたという。初期のチェーカーは民族主義も敵だったので、ロシア人を隊員に採用することは少なく、ポーランド人やユダヤ人などの少数派を多く採用していた。このことからチェキスト=ユダヤ人というイメージが独り歩きし、のちにナチスが憎悪を煽る装置としてこれを利用したわけなのだが、歴史ってホントちゃんとつながってるんですね!

話がそれましたが、チェキストたちはハナから民主的手段をとろうとか、みんなで平和に豊かに暮らそうとか思ってないわけですよ。正真正銘の過激派だったのである。今のイスラム国が可愛く見えるぐらい当時の共産主義の過激派は暴力的で血に飢えていたのである。

さて、やっと映画の話をするのだが、これは冒頭からラストまで、裁判権、逮捕権、銃殺権の三つを単独で保有していた・・・ってことが馬鹿にでもわかるように、同じシーンの繰り返しである。チェーカーの幹部たちが名前を読み上げ、「銃殺」「銃殺」「銃殺」・・・って無表情で型通りの即決裁判をしているのだが、被告人も弁護人も裁判官もなし。文字通り警察が銃殺する人間を決めてリスト化しているのだ。身も震える恐ろしいシーンである。その後は拘禁した人々を地下処刑場に連行し、全裸にひんむいて銃殺するのだ・・・これを延々繰り返すだけの映画。


全裸で連行される。局部もモロダシだ


銃殺に次ぐ銃殺


地上に運ぶ。流れ作業


トラックでどこかへ運ばれる

主人公のチェーカー幹部は一見寡黙だが、延々繰り返される即決処刑に悩み苦しみ、しまいには精神を病み、発狂同然の有様となる。明らかに罪悪感に苦しめられ「こんな処刑に何の意味があるんだ?」みたいな台詞もちらほら確認できるが、お仕事をさせれば機械のように優秀で、無表情に人々を革命の名の下にキッチリ地獄に送る。親戚だろうが知り合いだろうが躊躇なく殺す。


主人公のチェキスト。裁判官であり検事であり死刑執行人でもあり・・・膨大な権力を単独で所有している

延々繰り返される大量銃殺と、丸裸の屍を地上に運び出してトラックに乗せる流れ作業にこちらの精神も滅入ってくる。このシステマチックな薄気味悪さは、アンジェイ・ワイダの「カティンの森」のラストでも確認できるような気がする。あれはポーランド映画だが・・・

主人公は精神的に病んでいき、最終的には自分も全裸になって撃たれようとしたので、反革命罪で改めて逮捕される。確実に死んだであろう。ひどいラストだ。

異常な映画である。この映画は18禁かどうかなど知らないが、確実に18禁、、というか健全な青少年はまず観るべきでない映画の再筆頭だ。「正常人禁」を提唱したい。しかし、見方によっては葬られつつあった血塗られた歴史に切り込んだ意欲作、ということもいえると思う。西側ではどうもカルト化しているようだ。よほどの映画マニア、歴史マニアにだけオススメしておきたい。繰り返すが、「正常人禁」だ。


 

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