>>戦争映画中央評議会

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フューリー

戦車表現としての新機軸

fury

戦車戦迫力度

100

憂鬱厭戦度

100

悲壮な覚悟度

100

総合得点

80




2014年アメリカ映画。
実物のティーガー(以降Y号戦車)が登場すると鳴り物入りで公開された作品だ。
主演はブラッド・ピットで盛大に金をかけた大作戦争映画ということで大変期待されていた一作。

この映画は本格派の戦争映画で、ブラッド・ピットファンのお嬢さん方には少々刺激が強かったかもしれないが、それ以上に様々な戦争映画のオマージュ(というかパクり?)を捧げた作品でもあり、戦争映画になじみがない人には意味不明な場面も多かったであろう。




末期の西部戦線、それも”ラインの守り”以降がアメリカで映画化されるのは珍しかったように思うが、観ていていかがだったでしょう。史実との整合性など様々な視点があるかと思うが、私見ではありますが、この映画は歴史考証はイマヒトツです。戦車は実物大で素晴らしかったけど主にドイツ軍という総体についての表現が微妙でした。むちゃくちゃ悪かったわけではないよ!ドイツ語をちゃんと喋っていさえすればおれはもう許してしまうのだ(笑)、多少の脚色や物語化は全く問題ないと思いますんで、これはこれで割り切って楽しめると思います。

ストーリーは、西部戦線であるという以外特に語られない。1945年4月であるということのみが冒頭で提示されているが、場所はどこなのか明示されていない。乏しいヒントからブラピの所属する戦車小隊が米軍の第二機甲師団所属と考えていいものなのか、、ちょっと自信がないところである(どうもブラピの小隊は実在しないようである)。当時の第二機甲師団の場所としてルール包囲戦が終わり、エルベ河へ向かう途中のビーレフェルトからハーメルン、ハノーファーの南あたりまでと絞ることができる(と、パンフレットに書いている)。

だいたいこういうのは実話ベースで史実に忠実に作った場合、地名や所属をぼかしたりはしないと思うので、全面的にフィクションと思ってもらって構わないと思う。しかし実在の元兵士のおじいさんから話を聞いてディテールにはこだわっていると思うし、細かいところはリアルな部分もあった。

ドン軍曹(=ブラピ)とその仲間たちはドイツ帝国領内に侵入、ドイツ軍の激しい抵抗を受けていた。基本的には敵の戦車の方がデカくて強い。よって圧倒的優勢な米軍にありながら、ドイツ戦車と出会ってしまった場合のことを考えるととてもハッピーな気分になれない。むごたらしい戦争は延々続き、もう勝つとわかっているけど、犠牲を減らす術はない。なんでやつら降伏しないんだ。。。膨らむ戦死傷者を尻目に前進するしかない。死と隣りあわせの毎日だ。このあたりの表現はまるで「プライベートソルジャー」である。

ドン軍曹たちの操るM4シャーマン(=FURY”怒り”)の副操縦士が戦死したところから物語が始まり、タイピングしかしたことないヘタレ新兵が補充されてくる。この新兵は現代人の感覚をそのままこの時代に持ってきた感じの草食男子で、彼の視点で歴戦の英雄たるドンと仲間たちの活躍や、ネジが狂っちまった感じの冷酷な戦場を見つめることになる。

ドイツ兵捕虜を皆で囲んでリンチしたりだとか、パンツァーファウスト撃ってきたからぶっ殺したら国民突撃隊※の子供だったりとか、街を占領したらそこかしこに治安部隊に粛清された市民のホトケがぶら下がっているだとか、内臓とか顔の皮とかブルドーザーで転がされる死体の山とか、その残酷な戦場の情景はなかなかグッとくる。かなり厭戦的演出の強い映画である。ただ、”フューリー”というタイトルはなんなんだろう?”怒り”という意味である。ブラピはSSに対して怒りまくっていて、SSに対しては容赦なし。基本的には敵に対して容赦がない冷酷な役柄だったが、SSに対しては冷静さを失っていると思えるほど憎んでいる様子だ。

※ガキやおじいちゃんが動員されていました


捕虜はいじめます 新兵に殺しの度胸をつけさせるためっすから


SS隊員は殴ります ムカつくっすから


仲間は大事にします 戦友っすから


でも戦争には飽き飽きしています ツラいっすから


市民を吊るしたのがSSだと疑い、ホールドアップしているSS将校を処刑したりする。SSだけが悪くてほかは被害者なの、というのは広く流布されている神話だが、この映画では単純なその図式を支持しているようである。SSは確かに極悪なのだが、市民が被害者であるとか国防軍が高潔であるとか、そういうのはさすがに古い。たとえば裏切り者の市民を見せしめに吊るしていたのは市民のボランティアの自発的行動だったり、国防軍の元帥の命令だったりしました(例えばフェルディナント・シェルナー)。

まあSSに対してなぜ怒っているのか?に関しては謎が多く、あんがい後に登場するY号戦車をかっこよく描いてしまったがためのバランスとりだったりするのかも、、(ユダヤ団体からの批判をかわすため)

ブラピ率いる総勢4輌のシャーマンが突然たちはだかるたった1輌の歩兵支援もないY号戦車に大苦戦、味方の車輌は全滅。生存者もなし。ブラピの”フューリー”も装甲の薄い後面を運よく突くことができ、辛くも勝利する。その戦闘シーンは大迫力で、まさしく戦車表現の新機軸だ。戦車がこんなに恐ろしいハリネズミの化け物だったとは、、、今まで映画で描かれてきた「戦車」はいったい何だったのか?そう思えるほどすごいものだった。
ブラピたちは「運が良かっただけだ。」「神は生き残る人間をサイコロで決めてるのか?」などと先ほどの激戦をふりかえる。実力で勝てたと思っている人間は一人もいない。ここまでY号戦車を化け物として最大のリスペクトを捧げて表現してくれたのには感動。「プライベートライアン」のしょぼいやられっぷりを思い出してよ(笑)。

このY号戦車との死闘がこの映画の最大の見所で、以降はアメリカ的ご都合主義に陥りリアリティも急降下する(笑)。

地雷を踏んで動かなくなったブラピの戦車に、300名規模の武装親衛隊※が迫る。ドンは停止した戦車にこもっての奇策を考え、残って戦うことにした。なぜ死ぬとわかっている戦いに無謀にも挑んだのか?いわく「ここが俺のホームだ」。長年戦友たちと過ごしたこの鉄の棺桶。ブラピはすでに死ぬときはここでと決めていた(この辺のイズムは「レッドアフガン」の戦車長ソックリ)。隊長の悲壮な決意に動かされ仲間たちも残ることに決めた。こうして絶望的な戦いがはじまる、、、はずだった(笑)。

※ナチス親衛隊(SS)の武装部門っす。エリート部隊のはずが末期は人手不足で外人部隊になってしまいました。

そりゃああっさりやられても絵にはならないと思う。でもなあ。弱すぎねえか?武装親衛隊。もうおれはこの時
「この時期に闘っている武装SSといえばドイツ人ではなくて外国人傭兵だったんじゃないか?そもそも実戦を知らぬ新兵が多かったんじゃないか?300名規模を「大隊」と呼んでいたぞ。ということは相当傷ついた弱体化した士気の落ちた部隊だったんじゃないか?武器もパンツァーファウストしかもってないぞ。なんで戦車に平地から機関銃掃射してんの?動いてないんだし背後に回ってパンツァーファウスト撃ったりとかできないのかな?なにか高度な戦略(笑)なのか?」

という観念にとらわれてしまいました(笑)。すいません。自分の脳をごまかすの、最近うまくなったと思っていたのですが(笑)。この辺りは冷静になってしまいました(笑)。すいません(笑)。パンフレットもこのあたりの戦闘シーンについては沈黙を貫いている(笑)。基本的に「ランボー最後の戦場」でブローニングM2を乱射してるだけで勝ててしまうあのあたりを丸パクリしていると思っていただければわかりやすい。ブラピが乱射しているのもまさしくブローニングM2なので、オマージュ?といってもいいのかもしれない(笑)。

というわけで最後はずっこけたけど、ブラピにタマを三発も叩き込む渋い狙撃兵がうまいことこの観念の地獄を終わらせてくれました。このシーンはしぶかったです。遮蔽物もない平地でカモフラのファイスカバーかぶって戦車に向かって狙撃姿勢をとっている彼です(笑)。

まあ細かいアラをいっていると自分の性格がますます悪くなってくるように思えるのでもうやめるが、是非Y号戦車の雄姿をご覧あれ!デカい88ミリ砲に分厚い装甲、登場シーン少なすぎるところなどまるでこないだのハリウッドゴジラ(笑)。物足りないけど絶対ブルーレイディスクは買うつもりです。


 

 

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