>>戦争映画中央評議会

グローリー

正統派の南北戦争映画

 

黒人解放度

100

死にまくり度

100

戦闘激しい度

90

総合得点

75


1989年アメリカ映画。

南北戦争時の北軍第五四連隊のお話。黒人のみで編成された連隊である。

まあ、といっても将校や指揮官クラスは白人のようであったが。。。

 

これは典型的な、

おれは黒豚もイタ豚もユダ豚も見下さん!すべて同等に価値がない!!

という映画だ(?)。

 

 

 

 アメリカは黒人差別が根深いため、よく80年代にはこういう映画が作られていた。黒人差別はいけないよ、と啓蒙するタイプの映画である。

ロバート・ショー大佐が黒人連隊を率いることを命ぜられ、素人の黒人志願兵を訓練して一人前にしようと奮闘する。しかしけっこう練度が高くなってきたにもかかわらず、実戦の名誉は与えられず、後方で肉体労働ばかり。黒人兵たちの不満は募っていく。

そもそも靴や靴下の支給もなく、軍服もなし、給料も本当は13ドルなのに黒人だからという理由で10ドルに減らされ、北軍の中でさえ黒人差別は露骨であった。

連隊長のショー大佐は自分の部下がそんな扱い受けることに耐えらえず、上層部にしょっちゅう抗議しては対立していた。一方で、あんまり厳しすぎませんか、というような訓練を部下に強いる。彼らが一人前となり、実戦で戦えることが、ショー大佐にとって悲願だったのだ。訓練場面の鬼曹長はハートマン先任軍曹を思わせる口汚いヒゲのオジサンで、いかにもなプロの軍人風の立ち居振舞い。掛け値なしにカッコいいと断言する。

いよいよ、雑用ばかりで士気も下がってきた黒人連隊だが、ショー大佐が上層部の汚職を指摘し、「報告されたくなかったらおれらを戦闘で使えや」と脅迫(笑)。めでたく戦闘で使われるようになっていった。南軍との戦いもさることながら、北軍内の根強い差別との闘争の日々に比重を置いて描かれた映画である。差別っていやね。。

戦闘シーンはかなり激しめである。といってもこの時代らしく、マスケット銃兵が二列横隊で撃ちながら、隊形を崩さぬようにゆっくり歩いて敵陣へ向かい、ある程度接近したら衝撃戦(突撃)へ移行するという戦い方を真面目に再現している。訓練場面でも、とにかくいかなる状況においても隊列を乱さずできる限り長く歩き、弾をこめ、射撃するという訓練ばかりやっていた。それはこのためなのである。

嘘だろ?!こんなチマチマだんごになって歩いてたら銃や砲に狙い撃ちにされて一瞬で全滅だど!?と思うわけだが、ナポレオンのころから、この時代の戦闘は度胸試しが重要で、先に隊形が崩れて逃げ出した方が負け。銃の射程距離も命中率も低いし、これでどうにかなっていたようなのだ。

それに散開戦術は多数の落伍者や脱走兵を生むので、事実上統率がとれない状態に陥ってしまう危険があった。そのため、散開戦術は極めて極めて士気の高い、とんでもなく訓練された超精鋭部隊でなければ絵に描いた餅であった。

しかし、南北戦争の時代ともなると、銃の命中率も砲の破壊力もけっこう進化してきて、こんな隊形戦術では攻めた方が大損害を被り、防御側が圧倒的有利という状況が生まれてきた。この映画ではまさしくそこを素晴らしく再現していて、旧式の戦術で死体の山が生み出される構図をふさわしく描いている。指揮官アホやん、、としか思えないのだが、この戦い方が世界最先端だったのだ(笑)。もっとテクノロジーが進んで、例えば日露戦争や第一次世界大戦の頃になると、榴弾砲や機関銃が実戦投入され、守る方はコンクリートの要塞や塹壕や鉄条網、地雷を使用するようになり、歩兵だけで歩いて戦場を行くという図式はまさに時代遅れの産物となり、塹壕にこもって戦車や飛行機にどうにかしてもらうという戦い方が一般的となる。

余談でした。

ラストの海岸付近の要塞を攻めるシーンで、黒人連隊は最新式の要塞の前にほぼ壊滅するわけであるが、この砂浜での全滅劇はまるで「プライベートライアン」のオマハビーチを思わせる壮絶な戦闘シーン。これはスピルバーグに何らかの影響を与えたんじゃなかろうか。。そう思えるほどすごいので、是非戦争映画ファンは観てほしい。公民権運動に興味がなくともかなり楽しめる映画である。

 

 

 

 

 

 

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