>>戦争映画中央評議会

ヒトラー 〜最期の12日間〜

彼の敵は世界

 

ナチ度

100

サイコ度

100

破滅の美学度

100

総合得点

95



戦後60年間で、ドイツ人によってヒトラーを注視した初めての映画ではないかと思われる。しかしこれはそんなショッキングなテーマ性だけで語られる映画ではない。

主演のブルーノガンツがヒトラーにすごく似てるという話題ばかりが先行してるので、ただ珍しいだけの映画で終わるのではないかとちょっと心配だったのだが、それは杞憂に終わった。

個人的にヒトラー云々の話はどうでも良かった。特別人間的に描かれてるとも悪魔として描かれてるとも別に思わなかった。相変わらずヒステリックなわからずやとして描かれており、時々秘書に優しい言葉をかけたり、犬をかわいがったり、そういうエピソードが語られるというだけのことだ。ヒトラーが人間的に描かれている!ってヒトラーだって人間なのは当たり前である。本当に悪魔でしたなんて言われたほうが驚きだ。

 



そんなことよりも、観る前に個人的に注目していたのはドイツ人監督とドイツ人脚本家がドイツ人キャストを使って第三帝国の最期を映像化したことである。今まではヨーロッパ各国によって顔の見えない悪の帝国としてしか描かれないのが常であったナチスを、ドイツ人がタブーを乗り越えて苦痛に顔を歪めながら生み出した映画であるということ。しかしここはいい意味で予想を裏切られた。

本当のドイツ人にしか表現し得ない当時のベルリンの様子やそこに住む国民や兵士たちの演技力の高さ。特にナチ式敬礼100連発にはしびれまくりである。壁に書いてあるドイツ語のスローガンのような落書きや、敬礼するたびにカッっと打ち鳴らされる長靴の音。その全てがアメリカが作ったナチ映画を遥かに凌駕する迫力を持っている。

鳴り止まない砲撃と徐々に迫り来る赤軍の影に、帝国の破滅を予感しながらもそれを信じきれず呆然と立ちすくむ極限状態のドイツ民族の姿を狂気と絶望と共に退廃的に描き出す。

「クズしか残るまい。最良の者達は既に死んだ。弱者である以上、同情など全くできない」と国民をきっぱりと切り捨てる国民に選ばれた独裁者。「我々は強制していない。彼らは自ら我々を選んだ。自業自得だ」同じく国民を見捨てる宣伝部長。
2万の若い将兵が戦死したという報告を受ければ平然と「若者の義務だろう」と言い放つ。


こんな頼りないちょび髭だが周囲は頼りまくりである。
「私たちを導いてください我が総統!」と泣き崩れる看護婦。
「見捨てないでください!」と足元にすがりつき、「ナチと総統の死んだ世界で子供を育てたくない」と絶望するマグダ・ゲッベルス。


ちょび髭の下を去っていく部下もいるにはいるが、権力を持った高官たちばかり。ヒムラーゲーリングシュペーアフェ−ゲライン・・etc


大半の力なき大衆は、自分で考え自分で行動するという自主性を奪われて久しく、今更ほっぽりだされてもどうしていいのかわからず、この期に及んでもこの力なき哀れなちょび髭に頼ろうとするのである。

 

その姿は彼ら「最優秀」民族が嫌った姿であり、敗北主義そのものである。強力な指導者を誰よりも欲し、自由と引き換えに他者に導かれることを望んだ力なき大衆である。彼らが最後に示した意思は総統とナチスの奴隷になることであったのだ。その哀れな姿はマザコン男のそれであり、親に何かしてもらわないと何もできない無力なガキそのものである。


ナチのエリートたちが破滅を覚悟している中、赤軍の砲撃に生き残ろうと逃げ惑う瓦礫と泥にまみれたベルリン市民。また、それとは対照的に対戦車ロケットを抱えて帝都の最前線で死闘を繰り広げる15にも満たないヒトラーユーゲントの少年兵たち。映画「橋」でも子供は無知ゆえに逃げる勇気を持たず、アメリカ軍の戦車部隊に戦いを挑み善戦するが、同じドイツ映画として共通の視点があったように思える。

 

子供は無知で無垢ゆえに第三帝国の勝利を信じて疑わず、最期の時が来れば潔く(半ば狂信的に)右手を高く掲げてピストルで自決する。そのいっちゃった瞳に戦慄した。




映画の一シーン

実際の映像

最前線で闘士むき出しのユーゲントの少年兵


それがなんとも言えず哀しく、同時に理解できぬものに向けられるある種の畏怖の念を感じさせる。ストーリー上重要なメッセージを残す少年兵は、本当の親の忠告を聞かず、祖国の勝利を信じて戦車2両を撃破し勲章をもらうが、次々倒れていく友達や地獄の底のような最前線を垣間見て、偽りの親(国家)の下を去り、本当の親の元に帰ってくる。熱を出してうなされる我が子を見て「熱があるわ」と心配する母親。「だが生きている」と安心する父親。この映画で最も感動できるシーンである。


子供は恐ろしいほどに素直である これは個人的にぞっとする画像


破滅が来るとわかっていながら、どうすることもできず逃げる場所も思い浮かばず、酒宴におぼれる国防軍と親衛隊の将兵たち。衝動的に自決し、また思い出したように恐怖と絶望に震える。

 

この極限状態での人間心理を描く巧妙さというか、生々しさと言ったらない。ここは流石に「看守と囚人ゲーム」を描いた「es」を通して人間に潜む広汎な狂気を見事に映像化して見せたオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督だなあとため息が出るほどに納得できた。これは戦争映画というよりは人がどれほど狂った世界を作り出せるのかというサイコスリラーを映像化するのに、第三帝国末期のベルリンを選んだだけではないのかという気にさえさせられる。究極のサイコムービーである。

 

戦争やヒトラーを題材にして社会派映画を演じている、性質の悪いブービートラップである。しかしそれでいてナチの破滅的美学を堪能できる。気に入った。歴史に興味がなくとも観るべし。

最後に、この映画は世界一カッコイイといわれるナチ・ドイツ軍のありとあらゆる軍服が登場する超オタク向けな側面も持っていると付け加えて終わる。

※ソ連兵によるベルリン市民の暴行シーンが全くなかったのが残念だ

 

 

 

 
 

 

 

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