連合艦隊司令長官 山元五十六

戦争の英雄なんて言葉は信用ならない

プロパガンダ度 80
戦闘シーン健闘度    70
名将度
総合得点 50

2011年日本映画。

連合艦隊司令長官として真珠湾攻撃を立案・実行したが、実際は米国をよく知る理知的軍人として開戦に反対してきた、対米開戦は反対、海軍はどこまでも防御的に、
フリートインビーイングと言いつつも、ヤれと言われれば軍人としてヤれるだけのことはヤる…山本の人柄はそんな風に伝承されており、ファンも多い。

まあ、山本の是非については何もいう気はない。ここは映画サイトであるから、映画の話のみしたいと思います。

開戦前の政治劇からはじめ、開戦、山本が戦死するまでを描いている。

ひたすら山本が理知的で合理的で冷静な優れた軍人であるとしつこいぐらいもちあげている。代わりに周りにいる南雲中将などは
愚将の極致として描かれている(別に間違っちゃいないが)。南雲以外でも周囲にいるアホどもが足を引っ張ったせいで山本は力を発揮できず、あまつさえ対米戦にも負けた、悲劇の名将なんだ!と…暑苦しくぶわぁーっ!とまくし立ててくる映画である。

おれな、こういう映画キライなんだよ。

戦争の英雄…これほど胡散臭い言葉が他にあるだろうか?戦争での活躍は、はたまた犯罪は誇張して語られるのが常である。もうこんな映画を信用するほど世間は愚かではない。新聞やテレビの流す情報をありがたくケツに突っ込む時代はとっくに終わったんだよ。情報は自分で探しに行く時代になったのだ。そう変わったんだよ。だからもうこういう一人の英雄を主役にすえたバンザイ映画はきょうび流行らないぜ。もう作らないほうが良い。

あとこの映画は日本映画の悪いところである、
なんでもかんでも言葉で説明する、時には露骨にモノローグまで出しちゃう、といういつものアレをまたやっている。どうでもいい役柄の新米新聞記者が心の中で考えてる露骨な説明台詞が押し付けがましくガンガン繰り出される。往年のクソ映画「スパイゾルゲ」のごとく、いやいつもの日本戦争映画と同じで、学校で無理やり観せられる教育反戦映画といった趣である。皆さんにおかれましても多くは期待されないほうが賢明だろう。

この映画は極めて政治的映画である。この時代の大本営やら軍人官僚が今の無能政治家どもと同じで物事をいつまでもグズグズ決められず、主体性もなく流れに乗せられなんとなく適当にナチスと同盟を組み、なんとなくアメリカと戦争し、大局も何も全く見極められないまま特に展望もなく徒らに戦線を拡大し続け、結局グダグダになって負けました、山本も部下の発した通信を傍受されて最後まで足を引っ張られて戦死する。そんな話で
徹頭徹尾製作者たちの主義・主張・思想を押し付けられまくる映画となっている。このような映画は歴史に無関心なものほど騙されやすく、安易に単純化された思想に毒される結果となる。ここまではっきりいうと苦情も来そうだが、かなりプロパガンダ臭い映画である。

金払ってんのになんで"教育"されなきゃならんのだ…。

プロパガンダ映画は嫌いだが、見所を見つけるのは大事だ。

この映画は戦闘シーンに関しては邦画らしくないクオリティ。艦載機の発艦シーンやドッグファイトなど特に違和感は感じない。例によってむちゃくちゃ優れているとは到底言えないできだし、ほとんどはいい年したオッサンが自己憐憫に満ちたみみっちい会話をかわしてるのを見せつけられるシーンが大半を占めるこの映画。それで144分もある。戦闘シーンは本当に少しだけ。おまけ以下。これで戦争映画を名乗るのは詐欺であろう。戦闘シーンが派手な「パールハーバー」の方がマシだ。(戦争映画ファンにとってこの表現がどういう意味を持つかはおわかりになるだろうと思う)。

好戦的で愚かな民衆の会話、煽るだけ煽って全く責任を取ろうともしないクソメディア、アホばかりの軍人たち。笑えるところもないでもない。
官民一体となって壮絶なおバカさんたちだった。それは今も昔も同じだ、と。そう見せる演出に関してはなかなか秀でた映画だ。それが楽しい良い映画と言えるかは別の話である。

往年の名作、”「トラ・トラ・トラ!」に並ぶ”なんて他サイト様に載ってたりもしたが、
スポンサーから金もらって記事書いてるのかもしれん。いくら何でもそれは言いすぎであろう。

特別扱いするな、おれは神じゃない、いつも通りにしてくれ…役所広司にそう何度も言わせてるじゃないの。映画一本作って英雄英雄と褒めちぎるなんて軍神山本元帥閣下様は望んでらっしゃるのかしら?製作者たちに是非伺いたいものですな。

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