風立ちぬ

駿たんの引退作

夢見がち度 100
誰も帰ってこない度 100
娯楽度 90
総合得点 85



宮崎駿たんといえば、ちょっと子供っぽい冒険活劇が多いように思う。

しかし今回はそんな映画には仕上がっていない。異端の仕上がり。観客は今までみたジブリ映画とは少し違うと、そんな気持ちで観賞にのぞまねばならない。

説明が少ないと不評のようだが、この映画のテーマはすぐ知れる。主人公は飛行機大好きの男。男は冒頭夢をみる。飛行機で大空を飛び回り周囲からチヤホヤされるが、すぐにより巨大で圧倒的な飛行機が現れる。
ヤツは爆弾をたらふく腹に抱えており、男は立ち向かうがなす術もなくノックアウトされてしまう。

自分の飛行機で大空を飛び回りたいという夢は、戦争の前になす術もない。飛行機は何をどうしようと戦争の腕に抱かれる安淫売のようなものだ。憧れのあの娘は、よりによって憎たらしいアイツの専用マンコに成り下がっちまった…なんてこった…!なんでよりによってアイツなんだ…!ただ美しい空を風を切って飛ぶだけの素晴らしいものだったはずなのに。
安全圏から悠々と無辜に爆弾の雨を降らす。そんな卑怯極まる最低のモノになっちまった…!

うう…
イヤダイヤダ…
イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ…

そんな現実認めたくない。わかってるけど見ないふりをする。もういいや…問題は先送りにしよう…

時は流れ、男は設計士に本当になっちまう。憧れのあの娘は、今頃あいつのナニをしゃぶってるというのに…

世の中はドンドン本当にきな臭い方向に。新しい乗り物である飛行機はドンドン軍事利用されていく。男はそんな現実に納得はいかないが、とりあえず見ないふりして飛行機の設計に没頭する。もうほっといてくれや。。おれはこれが好きなんやで。。別に人を殺したいわけやないんや。。

男は飛行機の設計に才能があった。もうそれをやるしか生きる道はない。仕事を好きに選べるほど豊かな社会じゃない。
おれたちは咲く場所を選べやしないのだ。与えられた環境でやれることをやるしかないのだ。

幾重にも渡る失敗の末、皮肉にも戦闘機は最高の完成度を誇った。配線のコードにまで気を使い、
パイロットの防弾まで省略した※徹底した軽量化。ゼロファイターと恐れられる零式艦上戦闘機だ。

零戦を完成させると映画は終わる。若者の命を乗せて飛び立ったおれの飛行機…
一機も帰ってこなかった…そんな絶望にうちひしがれながら…

純粋に夢を追い続けた結果、すべてを失った偉大な設計者の姿を描いた映画だ。子供向けではないが、戦前日本の四季や女性の和服、車窓の風景など、映像美はかなりのものでなんも考えなくても一定の満足は得られるだろう。その辺はさすがである。

映画の中でわからないのは妻、菜穂子の存在である。関東大震災の混乱の中で出会い、ドラマチックな再会をし、熱烈な恋に落ちる。菜穂子は肺結核で余命いくばくもない。

この設定なんだ…?堀辰雄の私小説「風立ちぬ」の設定そのままらしいのだが、現実の零式の設計者、堀越二郎とは全く関係ないのである。なぜこんなミックスをしたのだろうか…

思うに、夢ばかりみて現実を省みず、不本意とはいえ未来ある若者の無益な浪費に加担した堀越に対する"バチ"みたいなものとして妻、菜穂子が必要だったのではないだろうか。いや、むしろ堀越二郎の罪をかぶったかのようだったではないか…

などと勝手に愚行しておりますが、どうであったとしても、夢ばかり追い続けた結果すべてを失った男のお話という根幹は揺るがないのです。

※本当の話。のちにパイロット防弾をつけてみたら性能が落ちて使い物にならなかったという話もある。劇中二郎は人助けしたり貧しい子供に食べ物あたえようとしたりと、いつものジブリ風の心優しい人物として描かれているが、
実際の堀越は大義のためには命なんか捨てろという悪しき精神主義そのままの戦闘機を作り上げた人でもある。そんな零戦が特攻機に使われるようになるのは何とも皮肉な巡り合わせだ。

劇中ほんの少しそのことにも触れられている。「機関銃のせなきゃ速くなるのに」というセリフだ。どうせ省略するなら防弾鋼より機関銃だったのにね、と。だが、機関銃のせなきゃ戦争にならん。それに零戦はまたまた皮肉にも
それに積んでた20ミリ機関銃の凄まじい威力にも定評があった戦闘機である。

話とは関係ないがこういった歴史的事実も胸にとどめておいていただきたい。



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