>>戦争映画中央評議会

サウルの息子

アウシュビッツを描いた映画では最高峰 

臨場感

100

残酷度

100

世界のケ×の穴度

100

総合得点

95


これは何ヶ月も前から相当楽しみにしていた映画で、ハンガリーの巨匠タル・ベーラの助監督をしていたネメシュ・ラースローがはじめて挑んだ長編作で、44年10月頃のアウシュビッツ=ビルケナウ絶滅収容所を描いた映画だ。

 

期待がかなり大きかった分、不安も同じぐらいたくさんあったのだが、これは素晴らしかった。アウシュビッツを描いた映画としては時期もほぼ同じで「灰の記憶」という極めて陰惨な映画が存在しているが、それと同じかそれ以上にオススメしたい映画となっている。

灰の記憶

タル・ベーラと言えば「倫敦から来た男」や「ニーチェの馬」であるが、これらは固定カメラ長回し&台詞少なし、の典型的アート映画である。これもそんな風になっていたらどうしよう、、とかなり不安だったが、いい意味で期待を裏切られた。

撮影手法が独特で本当に素晴らしかった。アウシュビッツの現実を鮮明な映像で具象化すると、ほんまにえらいことになっちまうと思うのよ。ある親衛隊員はかの絶滅収容所を「世界のケ×の穴」と呼んだぐらいだし。あまりにも不潔でえげつない最悪の世界なのだが、それゆえにあんまりアウシュビッツの現実をしっかり描いた映画は多くないと思う。「灰の記憶」はその点割と真面目に描いているのであまりにも残酷すぎる観賞注意の悪趣味映像になっていると思う。

この映画はひたすら主人公のサウルの顔を追いまくる。サウルはユダヤ人の死体を片付けたりする代わりにわずかな延命と食糧の優遇を許されたいわゆる「特別労務班=sonderkommando」の一員である。「灰の記憶」もゾンダーコマンドの男が主人公で、既につかわれたプロットではある。参考にした素材もかなりのところ共通していると言える。この二本はかなり似た映画だ。
(余談だがパンフレットには「ゾンダーコマンド」という言葉について「これまでカナ書きで使われたことのない言葉だ」と断言している評論家がいるが、これはまったく超絶のデタラメで上記のごとく「灰の記憶」で全く同じ言葉が使われているし、そもそもsonderkommandoは単に「特殊部隊」程度の意味。これはナチ親衛隊の各部隊でしょっちゅう出てくる言葉で、かの高名なアインザッツグルッペンの下部中隊の中にも「ゾンダーコマンド」は存在しているし、ホロコーストの証拠隠滅任務のために暗躍した「特殊部隊1005」も”ゾンダーコマンド1005”と言われることがある。これらの「カナ書き」はごく普通にナチ本の中で登場する。よく知らないのに適当なことを断言してはいけない)

囚人をガス室に送り込んだり、屍を片付けたり焼却したり灰を川にスコップで投げ捨てたり、ひたすら働かされる。カメラは常にサウルの顔面を絵の中心に捉え続ける。その背景では人々の阿鼻叫喚や丸裸で走らされたり射殺される様子など、剥き出しの死と暴力が描かれている。あくまでサウルの顔面の背景、或いはサウルの目線としてのスタンスを崩さず。少しぼけた映像で描かれる。それは緩くモザイクがかかったような映像で、えげつない直接的なゴア描写避けつつも、アウシュビッツの日常を余すところなく伝える秀逸な表現だ。

またこの臨場感をサウンドが支援する。
人々の恐怖に喘ぐ悲鳴、聞きなれない言語による怒声、無機質な命令や号令、ガス室の中で人々が扉を必死で叩く音、決して絵の中心には来ないがあらゆるところで囚人や労務班、囚人頭のカポを短機関銃で監視し、恫喝し、荒々しく指揮をとる灰色の制服の男たち……(これがまた素晴らしい。絵の中心にSSが来ないのは労務班がSS隊員の目を見ることが決してできなかったことを意味している。微妙に首から下だけが不鮮明に映されている。労務班はSSの前では目を伏せてやり過ごすしかなかったのだ)。彼らはSS隊員だが、必ずしもドイツ人ではなく、ウクライナ人やラトヴィア人のゴロツキであったりもするので怒鳴り声もどこかドイツ語とは異なった響きだ。(「ダワイダワイ!」という命令も頻繁に聞こえてきた)もちろん、ドイツ語の怒声も頻繁に聞こえてくる。労務班もソ連兵捕虜と思われる者はロシア語を使うし、ハンガリー語ももちろんだがイディッシュ語も使われている。SSに報告する時は明確にドイツ語を使用する。

このように世界観の形成に関しては、この手の映画の中ではおそらく随一だ。言葉だけでも世界観の多様性はこれだけ再現できる。全部英語の「灰の記憶」とは一味違う。

ストーリーは労務班のサウルが、ある日まだ息のある少年の屍を見つけるのだが、彼はあっさりSS医師によって息の根を止められる。医師は解剖しろ、と命令し、少年の遺体はユダヤ人と思われる医師のところに連れて行かれる。サウルは一目見たときから、その少年が自分の息子のように思えて解剖をやめてほしいとユダヤ人医師に懇願(ユダヤ教では火葬は禁忌らしい)。数え切れないほどいる囚人の中からラビ(ユダヤ教の司祭)を探し出して少年をユダヤの教えにのっとって埋葬しようとする。ここを皮切りに、サウルのラビ探しを名目とした地獄巡りに観客は付き合わなければならなくなる。絶滅収容所のど真ん中に単身投げ込まれるのだ。

この時期、ハンガリーのユダヤ人コミュニティが解体されたったの数ヶ月で30万とも40万とも言われるユダヤ人たちが急ピッチでピストン輸送されていた。ガス殺と焼却が追っつかず、その辺で穴掘って銃殺し、火炎放射器でヤケクソで焼き払う様子もサウルの目線で再現されている。これは史実で、その当時の写真もどう撮ったか知らないが残されている。



地獄巡礼 アウシュビッツ絶滅収容所

サウルはアウシュビッツのあらゆるところに出かけて行ってラビを探すのだが、これがなかなか見つからない。見つかったと思ったらすぐ殺されてしまったりする。このようにサウルの行く先々でアウシュビッツで日常的に行われている地獄の光景を、サウルの顔面の背景の中で観客は追体験する。それは不潔で醜くて理不尽で助かるためのあらゆる法則が無視された悪夢のような世界。

史上最大にして空前の規模の殺戮と、死体と灰を大量生産するためだけに作られた人類の負の遺産が凄まじい迫力で再現されている。目だけでなく五感で体感する絶滅収容所の世界。ぜひご覧あれ。なるべく画面と音のでかい劇場で観ると良いと思う。(これは今はやりの爆音向きだ)

そしてこれは数万の死を目の当たりにしながらたった一人を供養するために命をかける男の物語でもある。「世界のケ×の穴」で人間は人間性を保持できるのか?あなたがこの世界に投げ込まれた時、いかに生きいかに死にますか?サウルが模範的な素晴らしい人間というわけでもないのだ。どうするべきだったのかなど救いは全く提示されない。自分で考えるしかないのだ。難問である。

 

 

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