善き人のためのソナタ

停滞した世界

尋問度 100
東独度 100
諜報度 100
総合得点 80





2006年ドイツ映画。
セバスチャン・コッホ主演。

2006年というのはワタクシの人生で最も煮詰まってた最悪の年で、あまりに無気力になった挙句サイトの更新も完全に停止していた。

だが、映画はしこしこと観ていたけど、これもその当時観た映画の一つだ。僕はこの頃孤独と不安を怒りと憎しみに置き換えて色んな女のケツを追っかけまわし、色んな見知らぬおっさんと怒鳴り合いの喧嘩をしたものだ。なぜそんなことをしたのか当時は自分でも全くわからなかったのだが。



さてこの映画だが。
東独秘密警察。東ドイツの国家保安省。通称
"シュタージ"。その異様極まる監視社会とそれに苦しむ草の根の人々の姿を描いている。とても率直に描かれており無駄も少ない映画で、テーマの割には大変みやすい。

主人公が監視する側の諜報員であるため、その内情について詳しい取材が行われている。やっぱこういうのは加害者を主役にした方が面白く感じる。

ある作家とその恋人。恋人は有名女優で作家は反社会主義的態度を疑われている。この二人にシュタージの監視がつき、部屋に盗聴器をしかけられ、恋人は高官に目をつけられて性的搾取を受ける。作家の安全と引き換えに女は体を許す。

世界は停滞し、人々はその原因が身内にあると信じて騙し合い貶め合う。真に暗き日々。

監視する側の心の闇にも注目したい。諜報員は仕事の合間にデリヘル嬢を呼び、偽りとわかっていながら人との触れ合いを求めざるを得ない。
だがお嬢は時間が来たらすぐ帰るんだよな。この虚しさは大人になったらそのうち誰もが経験するが、人と人とが全然信用ならない。暖かい人間関係の喪失…不信と疑惑。諦観。東ドイツの監視社会に似た冷たいシステムが日本にもありやしないか?あの時、共に未来を語れる、心を許せる人間が一人でもいたならば…おれはあの頃の自分を今でも憐れに思うのである。

この孤独な諜報員はスパイしてる作家と恋人の美しい愛と屈せぬ自由の精神に心を揺り動かされる。なんておれとは違うのだ…。
この美しいものを木っ端微塵に破壊するこの国、この仕事はいったいなんなのか…徐々に自分の仕事に疑問を感じはじめる男。この心理の動きは無口なこの男の一挙手一投足に表現されており、観客は思わず食い入るように画面をみつめてしまうだろう。

東独秘密警察の監視体制は極めて完成されたものであったらしい。ドイツ人的緻密な仕事の集大成だったともいえるだろう。シュタージには正規職員以外に多数のアルバイトが網の目のように市民の生活に溶け込んでいた。アルバイトもまた市民であり、市民がお互いを監視していたのだ。市民がかつてないほど完成度の高いとされる秘密警察機構に貢献していたのである。この映画にはその一端も描かれている。

また、東独秘密警察の人を人とも思わぬ残酷で非人間的な手口…諜報員が「国家の敵」を尋問する時、同じ質問を何度も繰り返し何度も何度も答えさせる。シロの人間はそのうち怒り始めるが、クロの人間は泣いて許しを請いはじめる。そしていつもいつも用意された回答を暗唱するから不自然さが際立つ。そのうち観念してゲロってしまうのである。

これはそんな昔の話でもない。東独秘密警察の諜報のやり口がふんだんに盛り込まれているものの、007みたくかっこいいと思えるシーンは全くない。このような異常な体制に弾圧を受ける人民の哀れな姿が強調されるのみである。

東独はまだまだ謎の多い不思議の国。この映画はそういう意味でも希少で観る価値がある。話も面白いよ。

 

戻る