ゼロダークサーティ

なんで逮捕しないで殺したんですか??



宣伝臭さ度 100
地味度 100
CIAかっこいい度 100
総合得点 60



2012年米。

世界を驚かせたビン・ラディン暗殺事件の内幕を描いた映画。

この映画の世間の評判の高さには驚かされる。
日本人は宣伝に対する耐性がほとんどないらしい。
それはガッカリさせられつつも、しかしならば言っておかなければならない。この映画は巧妙に作られた
CIA礼讃映画である。政治宣伝である。

異論があるかもしれない。
そんなこたあないよと。その通り。あなたが正しいかもしれない。おれがこれから語ることは全て根拠はない。だが、おれも戦争映画ばかり観てきました。プロパガンダ映画も山ほど観ました。そのおれのプロパガンダ察知レーダーがこの映画を観た時ビンビン鳴って仕方なかったのよ。胡散くせえ。そう感じざるを得ない。この映画は「巧妙に」とさっき述べたけれども、観る人が観れば悲しいほどあからさまなプロパガンダである。できは悪い。宣伝臭を全く隠せていないのである。

ストーリー導入部から胡散臭さ爆発である。CIAが過激派の捕虜を拷問しているのだ。
いいじゃん?!と思う人いるのかな?やっぱり。アメリカの悪行を隠さず告発しているじゃないか、と。宣伝だというならこんな場面は描かないよ、と。そう思わせるのが目的だということは考えられませんか?宣伝のテクニックの一つで、ほんの少しの”反論”(CIAが悪い奴らかもしれないということ)をわざと生じさせ、そしてそれをより強い反証によってすっきり解消させる、こうすることで人々は簡単に説得されるというデータがある。また、宣伝をする時、宣伝をしているとばれてはならないという鉄則がある。こういった醜い場面を最初に提示することで、客に「ああこれはプロパガンダじゃないんだな。公平な映画なんだな」と思わせることに成功すればあとは何を描いても騙し放題じゃないか。そうは思わないかい?

だが反論はあくまで軽いものでなければならない。あまりに極悪だとそんじゃそこらの反証ではその反論を覆せないからだ。その点この拷問シーンのぬるいこと(笑)。水ちょっとかけたりとかさ(この拷問が結構苦しいらしいというのは知っているが映像的なインパクトは全然ないよね)。不眠にしたから判断力鈍ってるから「もう自白したことにして騙せばいい」とか。ちょっと信じられないヌルさである。この程度ならアメリカ人も愛国心をなくしたりはしないし、外国人だって「ソ連とかナチに比べればマシだ」と考えてしまうだろう。

かつて「ワンスアンドフォーエバー」というアメリカ万歳映画があった。黙ってアマゾンののここのページに行ってカスタマーレビューを読んでみて欲しい。
ベトナム人が人間扱いされている、公平である、そんな意見が飛び交っているが、冗談ではない。この映画を観て真剣にそう感じるというなら貴方は大分レイシストの素養があると言える。これは徹底的にベトナム人を差別して軽視した映画である。だが、なぜ皆公平だと感じたのだろう?答えは一つ。ベトナム兵が家族の写真を入れたペンダントをぶら下げてるシーンがわざとらしくほんのちょっと挟まれているからである。だが結局これらベトナム人を徹底的に殲滅し、アメリカの素晴らしさ強さを謳い上げている映画だ。ほんのちょっとの反論。たったこれだけでこのひどい愛国映画が公平だと言われてしまう。恐ろしいことである。

話を戻そう。拷問の後に来る"反証"。これも悲しいほどあからさまである。CIAのちょっと偉い人が部下を集めて興奮した様子で、こう叫ぶのだ。
「この数年敵に対して何ができた?!アルカイダの20人の幹部のうち4人を逮捕しただけだ!それに比べて敵は98年には陸から、2000年には海から、2001年には空から攻撃をしかけてきた!3000人の無実の国民が犠牲になったんだ!おまけに前線では仲間も殺された!」とご丁寧な説明セリフで、アルカイダの極悪さを思い出させてくれるのである。無論その前にはCIAの主人公の同僚の女性(3児の母という泣ける設定までついている)が爆弾テロで殺されるのだ。もうここまでやってしまえば、どんなに鈍い人でも「こんな悲劇を繰り返さないためには多少強引なこと(拷問)をするのも仕方ないな」と少しは感じるだろう。すごく露骨である。

あとアメリカ人が寿司やニンジャ並みに大好物なものがある。男勝りの強い女である。ここ数年のヒーロー映画で男勝りな強い女性像というのは完全に定着したと言えるだろう。その点この映画の主人公は絵に描いたような強い女性である。こういう人間が現実的か非現実的か、おれには判断がつかないが、少なくとも日本にはこんな女はいない。こんなクールで賢くて仕事ができて、しかも美人。それでいて男になびかない。さらに上司とか"権威"にも全く臆さない。かっこいい。こんな理想像を提示されても胡散臭いとしか言いようがないじゃないか。繊細な題材の政治映画にしては主人公が魅力的すぎる。これも宣伝映画の特徴であるというしかない。それに強い女=かっこいいとかそういうのもういいから!この主人公に現実味が全くないことに関して異論は出ないと思う。

そしてビン・ラディン暗殺事件の最大の謎。
何故逮捕せずにいきなり殺したのか?これは一番興味のある部分だったのに一切描かれていない。この辺が一番黒い何かがあったのではないかと推測されるわけだ。ソ連軍のアフガニスタン侵攻の際にアメリカはビン・ラディンを援助した。その他にもビン・ラディンとアメリカ政府の裏取引の噂なんて山ほどあるわけだけど、なんか喋られると困る事実がマジであったのかと。そもそも本当にビン・ラディンってまだ生きてたの〜?でっちあげじゃないの〜?とかそう勘繰られても仕方ないだろう。法廷に引き出して真実を明らかにすべきだったのに、パキスタンの主権を侵害してまで慌ただしくぶっ殺してしまった。その理由が一切描かれないのには拍子抜けを通り越してこの映画のスポンサーこそがCIAなんじゃないかと疑うしかない。全く馬鹿げた映画である。

そしてダラダラと長く150分ぐらいあるのだ。盛り上がりに欠ける映画である。最後の暗殺作戦に関しても緊迫感がないとは言わないが、今ひとつである。そして全てが終わったあと強い女と思われていた主人公が
ハラハラと流す涙。なんとも魅力的だ。これだけで核兵器があるとかないとか誤情報をブッシュに吹き込んでイラクで戦争を始めさせた責任をなかったことにしてもいいと思えるほど魅力的である。そして映画は彼女の美しい顔のアップで終幕。彼女がCIAのシンボルとして造形された架空のキャラクターであることは疑いない。CIAの面目躍如といった趣で安心して客は帰って行くのだ。

宣伝は娯楽に縫い込めるべし、とかつてゲッベルスが語ったが、この映画がプロパガンダとしてイマイチであり、しかもあからさまだと感じさせるのは、その娯楽性の薄さに原因がある。終盤のシールズの突入作戦にしても、映像的に地味で娯楽性は薄い。つまり娯楽映画としてもイマイチ楽しめないし、宣伝映画としても露骨すぎて胸がムカつく。宣伝映画だと気づかない人々のみがこの映画を上質な社会派映画、あるいは戦争映画として楽しめるのかもしれない。おれは残念ながら「これは出来の悪いプロパガンダだな」としか感じる事ができなかったのでこの映画を高く評価することは到底できないわけである。まあ異論はあるでしょうし、この映画が世間で評価が高いことも知っています。知った上でこんな感想を書いています。こんな意見もあるのかと聞き流してやってください。




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