北アイルランド紛争

アイルランド
面積:7万平方キロメートル
人口:約363万人
首都:ダブリン
人種:ケルト系アイルランド人
宗教:カトリック

 ↑の外務省の地図では英国と表記されているが、ここがいわゆる北アイルランドである。
 この地方では元々イギリスから移住したプロテスタントとケルト系アイルランド人のカトリックが混在しており、古くから対立していた。16世紀まで両者の対立は大したものではなかったが、宗教改革後、プロテスタントに乗り換えたイギリス人と、旧来の信仰を変えなかったアイルランド人との間で争いが活発化する。多数派のプロテスタントが経済的にも社会的にも優位に立っていたのである。移住プロテスタントはイギリスとの結びつきを望み、ユニオニストと呼ばれ、アイルランドとの結びつきを望んだカトリックはナショナリストと呼ばれる。
 ナショナリストの動きが活発化すると、ユニオニスト側が暴力で弾圧したため、ナショナリストはアイルランド共和軍(IRA)を組織し、テロ活動を活発化させた。
 これに対し、英国政府は両者の仲介を名目に、北アイルランドに軍を派遣、実際には当然ユニオニストを支援する。
 1972年、英軍はカトリックのデモ隊を虐殺し、流血の抗争の火蓋がきって落とされた(血の日曜日事件)。

 アイルランドは元来英領であったが、19世紀末に経済政策の失敗などから反英感情が生じ、イギリスからの独立の気運が高まった。独立運動はイギリス政府によって厳しい弾圧を受けたが、1949年にアイルランド共和国として完全に独立。しかし、北アイルランドのアルスター地方は英領のまま残る。
 IRAは爆弾テロや暗殺など過激な方法でアイルランド全島の統一のため闘争を続ける。しかし、1990年代に入って和平の気運が高まり、1998年遂に英国のブレア首相とアイルランド首相アハーンは和平合意に達し、11月には北アイルランド自治政府が発足。しかし、IRAが武装解除をしないため、英国も態度を硬化させ、自治政府の停止を宣言。和平は遠のいた。しかい、2000年5月にはIRAが武装解除を表明し、史上初の武器庫査察を受け入れた。IRAは一時、再び態度を硬化させ、和平は頓挫したかに思えたが、またまた武装解除を開始したため、状況は良くなっているようだが、まだまだ油断はできない。

 




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