地獄巡礼 ザクセンハウゼン強制収容所


2012年12月、ベルリン北郊外、オラニエンブルクにあるザクセンハウゼン収容所に行ってきました。
アートな門構えですなあ・・。


凍てつくような氷の日でした・・。


門の先に進みます・・。


監視塔が見えてきました・・。


途中の壁には歴史的な解説が・・これは”死の行進”について書かれているようです。


解放された囚人たちは骨と皮だけでした・・


ついに来ました・・。ここにも。「労働は自由にする」。アウシュビッツと全く同じ文句ですね。


過酷な厳しい冬に、ここに来たかった。


なんという広大な収容所でしょう!路面も凍結しています。


鉄条網がいたるところに・・。


とりあえずどこからどうまわれば良いかもわからないので入り口から右手に歩いたところにあるバラックに入ってみた。
するとここは・・
いきなりやばいところに来てしまったか・・”診療所”
ザクセンハウゼンでは生体実験が行われたことで有名です。


ここに来て一番驚いたことは・・人がいないこと!少ないって意味じゃないよ。本当に人っ子一人いないんですよ。
こんな不気味な病院の跡地で!係員すら一人もいない。こんなことってある!?不気味すぎるよ。反則だわ・・。


お風呂場です。病気の囚人がまず連れて行かれたのはここだとか。


食堂?


dissecting room...解剖室のようです。破壊されていますね。


天井が低いところもあります。


不気味の一言です。。


ポイズンシェル・・毒の弾丸ということでしょうか?囚人の体で実験されたようです。


靴の耐久性実験も囚人の体を使って行われたようです。ひたすら歩き続けるのだとか・・。

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見たことも聞いたこともないSS医師のプロフィールが掲示されています。


かなりの数です。


人体実験医師の博物館みたいです。。


おお、これはフリードリヒ・メネッケ医師です。障害者安楽死計画(Aktion T4)に関与したとされています。


プロパガンダポスターです。
”こんな出来損ないどものためにフォルクスゲマインシャフト(民族共同体)の若者が若さを失うなんてことがあって良いのだろうか?”
ヘルマン・プファンミュラーが似たようなことを裁判で言いました。


拷問の様子。こわ。


ドクトル、クリーガー。マウトハウゼン、ザクセンハウゼン、ダッハウなどでSS医師として働き、強制的な不妊処置に関与していた・・といったような事が書いています。どう関与していたのかは書いていませんね。


ロマ、シンティの頭部の型。歪んだ優生学に基づく研究の一環でしょうか?
オカルトを科学にするのは簡単なのですよ。


眼球の色や髪の毛の色を採取して研究していたのでしょうか?メンゲレも瞳の色にこだわったそうですね。


ここは人体実験と解剖が行われたと有名な場所ですね。誰もいないしすげえこわいです;




花がたむけられているのがわかりますか?


息がつまりました。重苦しい澱んだ空気・・


説明を読む限りでは、この辺は遺体安置所兼病理学研究室のような場所だったみたいですね。囚人の死体の解剖や金歯の収集、頭蓋骨などの骨を採取し、ベルリンの大学に研究用に送っていた、とあります。それはSS医師に監督されたユダヤ人衛生班が実行していた、とも。最初囚人の死体はベルリンに送られて焼却されていたが公衆の目に触れることを恐れてSS指導部がザクセンハウゼン収容所内に焼却施設を作るように命令し、4つのオーブンを含む巨大な絶滅施設が出来上がった・・などと書いてあります。
上の写真は解剖室?なのかも。下3枚は遺体安置所ではないかと思います。


やっと陰鬱な医療施設から出ました。するとひたすら荒涼とした雪景色が・・心の奥底まで冷えてくるのがわかります。


人間は恐ろしい・・どんな生き物よりも人間が・・


錆びまくっています・・。扉は開かずの間でした・・本当に不気味な廃墟です。


お次のバラックはなんでしょうか・・。


おお・・右はヴァルター・シェレンベルクです。SDの対外諜報部の責任者です。
左はベルンハルト・クリューガーSS少佐(シュトゥルムバンフューラー)です。
ということはここは・・


やっぱり!ベルンハルト作戦の展示です!
SD(保安諜報部)が行った世界史上最大規模の贋札偽造計画です。
映画「ヒトラーの贋札」の舞台ですね。


映画のパネルも置いてあります。


いい映画ですよ。


ナチスがばらまいているのはニセのポンド札でしょうね。


偽造は腕利きのユダヤ人技術者によって行われました。


収容所の北の端の壁面にはやはり歴史的な解説物があります。


恐ろしいことがここで起こったのです。


犯行の主催者は”黒衣の騎士団”SSです。


ハーケンクロイツを人文字で表しているようですが・・。


壁の裏側には銃殺場が。




花がたむけられています。ここもまた墓所なのですね。ちょうど花が置かれている場所が囚人が撃たれた場所かな?


”国籍を問わないたくさんの人々が、ここで一切の慈悲なき憎悪と軽蔑の中、拷問にかけられて殺され、ガスで殺され、餓死させられ、焼き殺され、絞首刑になった。そのことを忘れてしまえば、ヨーロッパに未来はない。唯一わかっているのはそれだけである”






焼却場です。アウシュビッツで見たものとよく似たデザインです。


反ファシズム勝利記念碑・・戦後ソビエトが管理していた時代があります。


さて、お次の地獄はどんなものでしょう・・。


・・・・


これは独房のようです。色々な国の政治犯がここに監禁されました。


覗き窓がついています。ここから監視されたのでしょう。


ここは囚人の宿舎のようでした。。疲れたので入りませんでした。


収容所の手前に小さな展示室があります。


社会主義的な趣味ですね。


ザクセンハウゼンは比較的初期に作られた強制収容所ですし、強制収容所の本部も隣接してたそうで、その関係かは知りませんが、SA(突撃隊)の制服や徽章の展示がありました。


マニアックですねえ・・


全て本物なのでしょうね。。


鉄条網ですね。


わかりにくいが、天井のホログラムが地面に投射されているのです。


氷の地獄でした。


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