地獄巡礼 テレジエーンシュタット収容所


2013年7月18日、プラハ郊外に位置するテレジエーンシュタット強制収容所に来ました。
芸術家たちの強制収容所と呼ばれ、チェコ人や芸術家のほか退役軍人や子供、特権階級のユダヤ人が収容され、比較的優遇されていました。
しかし戦争末期、ユダヤ人の絶滅に執念を燃やすヒムラー以下SS(親衛隊)によってこれら優遇措置を受けたユダヤ人たちも絶滅収容所に送られました。
疫病や虐待、裁判なしの処刑。テレジーンでも多くの人々が苦痛と絶望の中命を失ったのです。
アウシュビッツが地獄なら、テレジエーンシュタットは”地獄の控え室”と呼ばれます。


プラハ郊外へバスで50分。
テレジーン(チェコ名)小要塞がいわゆる強制収容所のテレジエーンシュタットです。


終点まで乗っちゃわずに一個手前のバス停で降りたほうがよいでしょう。その方が小要塞は徒歩ですぐ見えてきます。
美しく管理されています。ここはホロコーストにおけるチェコ人の被害を象徴する霊地なのです。


ドイツの強制収容所と違って見学は有料。さあ行きましょうか・・。「働けば自由になる」


ドイツの強制収容所と違い、建物は当事のまま残されている。
埃が降り積もり、うらびれ、廃墟と化した建物がそのままに。


廃墟マニアの方もそれなりに納得するかも?




中はそんなに広くないのです。




ここは医務室のようです。


寂しい部屋です。ベッドでしょうか?この棟はレジスタンスやソ連兵が収容されたようです。




ストーブか・・当事のままなのでしょうね。。


時が止まっているかのようだ・・。


あちこちにツバメが巣を作っています。


いや。時は止まっているのです。


シャワー室だ。


当事のまま・・




病室のようだ・・囚人の中から医師を選び出して看病させていたようです。




敷地内にミュージアムがありました。中は撮影禁止でした。




慰霊の施設でしょうか。


ここは監獄で、その向かい側には


SSの駐屯所が目の前に。ドイツの学生が掃除に来ていました。
強制収容所の保守・清掃はドイツの学生が社会見学を兼ねてボランティアでやってるという話しを聞いたことがあります。


兵舎の中です。


その間に位置するこの小高い丘では公開処刑が行われたようです。


あやしいことをすればすぐばれるなこりゃ。。


看守の家族のためのプール。この建設はもちろん囚人がやった。作業中の虐待は当たり前だった。


この不気味なトンネルは死の門と呼ばれている。処刑場へと続いているのだ・・。


・・・・・


トンネルを出るとすぐにある像。慰霊のために作られたのでしょう。レンガの保守をしている業者がいる(笑)。


絞首台のようにも見える・・


広いです・・。


花が・・レンガがへこんでいる。ここで銃殺が行われたのだろうか・・。


またトンネルです。これはどこに続いているのでしょうか・・。


・・・・


死体安置所です。収容所では発疹チフスで死ぬ人が多かったようだ。


中の様子です。思わず手を合わせました。




要塞というだけあって城壁が美しいですね。

小要塞をあとにし、大要塞へ。ゲットー資料館と呼ばれる場所へ行きます。
そこではテレジエーンシュタットに収容されていた子供たちの絵が展示されていました。
彼らも多くは生きて帰ることはなかったのです。






ユダヤ人人形。チェコはお人形の国です。お土産物屋にもこういうの売ってました。




ダビデの星の腕章を売る女性。「シンドラーのリスト」でSS隊員が大笑いしていた光景です。


本当は撮っちゃいけなかったのだが・・隠し撮り。

どう思いましたか?テレジエーンシュタットはダントツ保存状態の良い強制収容所でしょう。
私もいくつか行きましたが群を抜いていると思います。
改めてヒトラー政権の残虐さを思い知ることができました。

ヒトラーやSSをサブカルとして知る人が日本には多いのではないでしょうか?
しかしヒトラーやSSはこういうことをしでかしたヤツらなのです。それを知った上で、戦車を組み立て戦史に夢中になっていただきたいと思います。




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